糸掛けに出てくる花の秘密を研究していたら想像以上に美しかった話

先日、糸掛けを趣味にしている知り合いの方がFacebookにこのような作品を上げていました。

『謎が解けた⁉️』

誰かに『渦を作ると花が出来上がるのは何でやねん』と突っ込まれた事があった。
答えが解らんと、その時は誤魔化した(笑)
で。多分、約数が関連してるのかと感じたのは、ついさっき。

この作品。
使ってる数字が『1』『2』『3』『16』『24』『48』なのでこれが糸の掛け方と関連してるんじゃないかと思われる、多分。
難しい事は、他の得意な方々に任せよう。
f:id:canaan1008:20190915224127j:plain

僕「研究するしかねえな?」

ということで、何故このような花柄ができるのかを数学的に研究することにしました。

作り方

とはいっても、そもそもどうやって糸をかけているのかを知らなければ研究しようにもできません。僕は早速本人に聞いてみました。彼の名前をまっちゃん(ペンネーム)としましょう。

僕「どういうルールで作ったんですか?」

まっちゃん「円は48分割。起点を0として、時計回りに『0→24→25→2→4→26→27→6…』って感じで、進み方が2:1になるように糸を進める感じ。」

僕「「24,25,26,27,28,29,30,31,...」という並びと「2,4,6,8,10,12,14,16,18,...」という並びを2つずつ交互にという感じなんですかね。これはまたニッチな数列を…」

まっちゃん「ウサギと亀の競争です。さすが理解が早い。」

ふむふむ。

数学的に考えてみる

ひとまず円を48分割するところから考えてみます。数学界で円と言えば単位円(半径が1の円で、x^2+y^2=1と表される)ですね。

そして円の右端の点をP_0と名付け、反時計回りにP_1, P_2, ..., P_{47}と番号を振りましょう。

f:id:canaan1008:20190915230715p:plain

まっちゃんは時計回りと言っていましたが僕は無意識に反時計回りに番号を振ってしまいました。数学では反時計回りが"正の向き"なんです…まあ問題はありません。

それでは順番に糸をかけていってみましょう。

そして、24 \to 252 \to 4のように円周に近いところの糸は今回は考えなくて良さそうなので、省いて考えます。つまり、$$ 0 \to 24 \to 25 \to 2 \to 4 \to 26 \to 27 \to 6 \to \cdots $$と一本の糸で引いていたものを\begin{eqnarray}
0 &\to& 24\\ 25 &\to& 2\\ 4 &\to& 26\\ 27 &\to& 6\\ &\vdots&
\end{eqnarray}のように、短い糸の集まりだとして考えます。さらに、25\to 22\to 25は同じ糸の引き方になることから、糸を引く向きも揃えると\begin{eqnarray}
0 &\to& 24\\ 2 &\to& 25\\ 4 &\to& 26\\ 6 &\to& 27\\ &\vdots&
\end{eqnarray}となります。始点は0から2ずつ増え、終点は24から1ずつ増えています。だいぶ見通しがよくなりましたね。

それでは、この順で糸を繋いでみましょう。ウサギとカメに例えていたことから、2ずつ進む点をウサギ、1ずつ進む点をカメとし、ウサギからカメへ線を引いています。ちなみに番号が48以上になった場合は、48で割ったあまりの点に結ぶこととします。

もう少し糸掛けっぽくするために、これらの糸をすべて表示させてみます。

おぉ〜〜〜〜〜〜っ

なにやら左のほうにちょっと尖っている部分ができました。これが丸く並ぶと花っぽくなりそうですね。

f:id:canaan1008:20190916001055j:plain

そして、この事実がわかったあとの僕とまっちゃんの会話です。

僕「これ、ウサギが2周する間に亀が1周して終わり(ウサギと亀を結ぶ紐は48本だけ)ですが、もしかして始点の位置を変えながら何回も競争させてます?」

まっちゃん「兎と亀の競争は、これだと16回やってます。糸を掛けてって0に戻ったら今度は3を0と解釈して、みたいな感じに。」

なるほど。つまり上記のようにレースをさせたあと、ウサギの初期位置を3,6,9,\dots へ移動(カメは丁度反対側にその都度移動)させてレースをさせているわけですね。すると尖った部分が16個ずれて丸く並び、花っぽくなる、と。

で、どうして?

数学的に考えてみる

ここまでやったことは、糸のかけ方を単純化させたり描画ソフトを使ったりはしましたが、実際の糸掛けの追体験でしかありません。

やはり、数学を使ってこの現象をもう少し見てみたいわけです。特に、あの尖っている部分、気になります。
というか、尖っている部分だけじゃなく、何だかみたいな図形が見えてきませんか?

このを表す方程式なりなんなりがわかれば花が出来る秘密を解き明かしたと言っても良さそうです。

離散から連続へ

数学的に考えるにあたって、48分割という離散的なものは考えにくいというか、いやまあ離散もいいんですけど今回にあたっては連続のほうが考えやすいので、ウサギとカメには滑らかに動いてもらいましょう。ウサギはカメの2倍の速度で円周上を動くというルールはそのままに、48個のポイントを取っ払ってみます。すると、このようになります。

せっかくなのでこの線が動く残像も表示させてみましょう。

何やらJALっぽくなりました。いいですねえ
f:id:canaan1008:20190916003126p:plain

そして、求めたかったJALのグラフの方程式は、これらの赤い線たちが描く包絡線(ほうらくせん)というものになっています。

包絡線とは

そもそも、包絡線とは何でしょうか?

包絡線(ほうらくせん、英: envelope)とは、与えられた曲線族と接線を共有する曲線、すなわち与えられた(一般には無限個の)全ての曲線たちに接するような曲線のことである。

wikipediaより

簡単に言えば、「たくさんの曲線たち」に「接する」「新しい曲線」のことです。新しいというとちょっと語弊があるかもしれませんが、「この曲線たちに接する曲線はな〜んだ?」と問われたら「これ!」というふうに求まるということです。
1つ例を見てみます。tを実数の変数として、y = (x - t)^2 + t^2という曲線を考えてみます。すると、これはtが動けば曲線もいろんな場所に動くので、「たくさんの曲線たち」です(下記動画のオレンジのグラフ)。そして、これら全ての曲線に接するような曲線があり(下記動画の紫のグラフ)、これをy = (x - t)^2 + t^2の包絡線と言います。


ちなみに、この包絡線の方程式はy=\frac{x^2}{2}です。

包絡線を求めるのは(理屈は難しいけど求めるだけなら)意外と簡単です。tを媒介変数(tが1決まると曲線が1つ決まる)としたグラフF(x,y,t)=0の包絡線は、F(x,y,t)=0F_t(x,y,t)=0の連立方程式からtを消去することで求められます。F_tFtによる偏微分です。

先程の例をもとに計算過程を書いてみます。

曲線の方程式は$$ (x-t)^2 + t^2 -y = 0$$であるため、$$ F(x,y,t) = (x-t)^2 + t^2 -y $$とおくとtによる偏微分は$$ F_t(x,y,t) = -2(x-t) + 2t $$となる。よって\begin{cases}
(x-t)^2 + t^2 -y = 0\\
-2(x-t) + 2t = 0
\end{cases}からtを消去すればよい。第2式からt=\frac{x}{2}となり、第1式に代入すると$$ y = \frac{x^2}{2}$$が求める包絡線である。

なぜこれで包絡線が求まるかは割愛します。高校数学の美しい物語のサイトで紹介されているので、一読するとわかった気になれるかもしれません。
mathtrain.jp
もうどんなジャンルで調べても高校数学の美しい物語のサイトさんが検索結果に上がってきます。高校数学にとどまらないカバー力が凄いサイトです。

糸の包絡線を求める

ということで、早速包絡線を求めてみましょう。まずはウサギとカメの座標から直線の式を求めます。

カメの進む角速度を1とすると、ウサギの進む角速度は2である。ウサギとカメはそれぞれ(1,0),(-1,0)からスタートして単位円上を反時計回りに進むことから、時刻tにおけるウサギとカメの座標はそれぞれ\begin{eqnarray}
P_{\text{ウサギ}} &=& (\cos 2t, \sin 2t)\\
P_{\text{カメ}} &=& (\cos (\pi + t), \sin (\pi + t))\\
&=& (- \cos t, - \sin t)
\end{eqnarray}である。
よってウサギとカメを結ぶ直線の方程式は$$
y + \sin t = \frac{\sin 2t + \sin t}{\cos 2t + \cos t}(x + \cos t)
$$である。加法定理の逆などを駆使して=0の形にすると$$
(\sin 2t + \sin t)x - (\cos 2t + \cos t)y + \sin t = 0 \ \ \cdots \text{①}
$$が得られる。①がウサギとカメを結ぶ直線の方程式である。
めでたく直線の方程式を求めることができました。tが動くとこの直線も動くので、次は念願の包絡線を求めましょう。
先ほどの包絡線の説明では「たくさんの曲線たち」に「接する」「新しい曲線」と説明しましたが、別に曲線じゃなくても直線でも構いません。
①の左辺をF(x,y,t)として、F_t(x,y,t)=0と連立させればよい。$$
F_t(x,y,t) = (2\cos 2t + \cos t)x + (2 \sin 2t + \sin t)y + \cos t = 0
$$なので、\begin{cases}
(\sin 2t + \sin t)x - (\cos 2t + \cos t)y + \sin t &= 0 & \cdots \text{①}\\
(2\cos 2t + \cos t)x + (2 \sin 2t + \sin t)y + \cos t &= 0 & \cdots \text{②}
\end{cases}を満たすx,yの関係式が求める包絡線である。
ではここからtを消去…しようかと考えたのですが、計算が泥沼に嵌りそうだったのでtを消去することは諦めます
その代わり、式を整理して\begin{cases}
x = (t \text{の式}) \\
y = (t \text{の式})
\end{cases}
という媒介変数表示にすることを目指します。
まずはyを消去する。
\text{①}\times (2 \sin 2t + \sin t) + \text{②}\times (\cos 2t + \cos t) として$$
\{ (\sin 2t + \sin t)(2 \sin 2t + \sin t)+ (2 \cos 2t + \cos t)(\cos 2t + \cos t) \}x \\+ \sin t (2 \sin 2t + \sin t) + \cos t (\cos 2t + \cos t) = 0
$$ \sin^2 t + \cos^2 t = 0\sin^2 2t + \cos^2 2t = 0、加法定理の逆などを駆使してxについて解くと\begin{eqnarray}
x &=& -\frac{1}{3} \cdot \frac{1 + \sin t \sin 2t + \cos t}{1 + \cos t} \\
&=& -\frac{1}{3} \cdot \frac{1 + \cos t + 2 \sin^2 t \cos t}{1 + \cos t} \\
&=& -\frac{1}{3} \left( 1 + 2\frac{(1 - \cos^2 t)\cos t}{1 + \cos t} \right) \\
&=& -\frac{1}{3} ( 1 + 2 (1 - \cos t )\cos t )\\
&=& -\frac{1}{3} (2\cos t + 1 - 2\cos^2 t) \\
&=& -\frac{1}{3} (2 \cos t - \cos 2t)
\end{eqnarray}
意外と綺麗にxが求まりました。次はyも求めましょう。計算はxを求めたときとほとんど似ているのでガッツリ割愛します。
次にxを消去する。
\text{②}\times (\sin 2t + \sin t) - \text{①}\times (2\cos 2t + \cos t)として$$
\{ (\sin 2t + \sin t)(2 \sin 2t + \sin t) + (2 \cos 2t + \cos t)(\cos 2t + \cos t) \}y \\
+ \cos t(\sin 2t + \sin t) - \sin t(2\cos 2t + \cos t)=0
$$yについて解くと(計算略)$$
y = \frac{1}{3}(2 \sin t - \sin 2t)
$$よって、求める曲線の方程式は\begin{cases}
x &=& -\frac{1}{3}(2\cos t - \cos 2t) \\
y &=& \frac{1}{3}(2 \sin t - \sin 2t)
\end{cases}となる。ただしtを媒介変数とする。
えっめっちゃ綺麗だな????

確認

それでは\begin{cases}
x &=& -\frac{1}{3}(2\cos t - \cos 2t) \\
y &=& \frac{1}{3}(2 \sin t - \sin 2t)
\end{cases}のグラフを実際に描いたものがこちらです(ピンクのグラフ)。
f:id:canaan1008:20190916173504p:plain
やば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!


いつまでも見てられる〜〜!!気持ちいい〜〜〜〜!!!!
あとはこれを16方向にずらしながら作れば…*1

完成!!

曲線の正体

この曲線には、カージオイドという立派な名前がついています。
カージオイドはいろんな定義方法がありますが、円の円周上で同じ大きさの円を転がしたときにその円の一端が描く軌跡のことを言います。

いや……いくらなんでもカージオイドが糸掛けの包絡線として現れるというのは想定外でしたわ…

今回描いたようなカージオイドの説明に関しては、こちらのブログがわかりやすいです。(xの符号を反転させ、それぞれ\frac{1}{3}倍すると今回のグラフになる)
math.nakaken88.com

ちなみに、カージオイド(cardioid)という名前のcardiは「心臓」という意味だそうです。うむ、言い得て妙ですね。

まとめ

いや〜〜ウサギとカメについて研究していたはずが、まさかカージオイドが綺麗に出てくるとは思わずめっちゃテンションが上がりました。花のように見える要因である「尖っている部分」について研究できたらいいなと思っていたのですが、そこだけでなく全体でカージオイドという綺麗な図を描いていたとは。

糸掛け、今回のかけ方に限らず包絡線と相性が良さそうですね。糸掛けをして「この部分、曲線っぽいのが見えるな?」と思ったらそれは包絡線かもしれません。ぜひ数学パワーを借りて包絡線の正体を突き止め、糸掛けと数学に隠された美しいつながりを暴き出しましょう。ね、まっちゃん?

では今回はこのあたりで。それでは。

*1: それぞれの座標の2kの部分を2k + \frac{2\pi}{16}\cdot 1,2k + \frac{2\pi}{16}\cdot 2,\dotsと置き換えると16方面に傾いたグラフが描けます。 カージオイドで外側を回る円の最初の傾きを変化させれば良いのです。